小 説

届かなかった手紙

藤井 貴司

小 説

届かなかった
手紙

藤井 貴司 著

会いたかった。ずっと、会いたかった。
でも、会いに行く勇気がなかった。
——母と娘、三十年の空白と想い

物語

STORY

昭和四十一年、六歳の葉子は母・とみ子に連れられ、大津の家を出た。行き先も理由も知らされぬまま、母の手を握りしめて知らない街を転々とする日々。名古屋、浜松、そして小田原——母の愛人・正雄と三人での暮らしは、葉子にとって初めて「家族」を感じられる時間だった。

しかし三年後、父と祖母が小田原に現れる。引き裂かれた母の手。「お母ちゃあああん!」と叫ぶ声。それが、母を見た最後だった。

大津に戻された葉子は、「片岡葉子」から「杉浦葉子」へと名前を書き換えさせられる。三年間の記憶は「なかったこと」にされた。母の写真は一枚も残されず、「あの女」と呼ばれる存在になった母のことを、葉子は口にすることさえ許されなかった。

それから三十年——。
結婚し、「高橋葉子」となった彼女のもとに、一通の茶封筒が届く。差出人は「平塚市役所福祉部」。中には、母の死を告げる書類と、三十年分の想いが綴られた一冊の日記が入っていた。

会いたかった。ずっと会いたかった。でも、会いに行けなかった。
母も娘も、同じ場所で立ち止まっていた。そして永遠に、会えなくなった。

これは、届かなかった手紙の物語。
空白を抱えて生きた母と娘の、切なくも温かい再生の記録。

「空白は埋まらへん。永遠に。
でも、空白があったから、今の私がおる」

——本文より

「葉子へ。届くかわからへんけど、書いておくな」
母は、二十七年間、日記を書き続けていた。
想像の中の娘の人生を、一人で祝い続けていた。

——母の日記より

著者紹介

AUTHOR

藤井 貴司

ふじい・たかし

昭和35年(1960年)、滋賀県大津市生まれ。

著者自身の幼い時の体験を元に創作された本作『届かなかった手紙』は、離別した親子の三十年にわたる想いを描いた自伝的小説。届かなかった手紙、会えなかった再会——空白を抱えながらも前を向いて生きる人々の姿を、静かな筆致で綴ることに挑戦。

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届かなくても、想いはここにある。
空白を抱えて生きるすべての人へ——

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